ヒスイとコハク 後編

このページは、私雑食亭シムーンによるオリジナル百合小説となっております

女性同士の恋愛描写があります。そういった表現などが苦手な方は、このページはブラウザバックされることを推奨致します。
その点、ご了承の上でお楽しみいただけますと幸いです

生徒と女教師

 実は私も詳しいことは知りません。なにせ、姉はもう故人ですし、私も何分まだ子どもだったので。
 とはいえ、先生よりは詳しいとは思いますよ。姉と私は身内ですから、トキコさんとは違って姉さんのことを家族に根掘り葉掘り聞いても、なにも不思議には思われませんから。一応、私自身覚えていることを加味して、その上でお話します。

 姉は、奔放な人だったんだと思います。多分、刺激が欲しかったんでしょう。ヒスイお姉ちゃんのことは好きでしたが、流石にこの件に関してはそこまで身内びいきは出来ません。
 お姉ちゃんには、既に婚約者がいました。あるいは、だからこそ、だったのかもしれませんね。お姉ちゃんは規定路線の恋愛に、刺激が欲しくなったんでしょう。そして、トキコさんを見つけた。
 キレイで素敵な後輩で、そして背徳的で甘い関係。ついでにいえば、ふった後でも後腐れがない……私が本当の恋人なんだから……! と言い出すような勇気が、トキコさんにあるようには見えませんから。
 ただ……少し入れ込み過ぎていたフシも、あったようには思います。いえ、別に先生への気遣いとかではないですよ。彼氏さんにも会ったことはありますが、トキコさんに会ったときの方が姉がイキイキしているように見えました。まあ、だからかもしれません。

──あの旅行……あの人たちが事故にあった旅行は、本当に急遽くまれた日程のものだったんです──

 多分、お姉ちゃんにも彼氏さんに接しているとき、やましいことをしているという罪悪感があったのだと思います。それに、おそらくですが彼氏さんも薄々浮気のようなことをされている……と疑いを持たれていたのだと。
 これは、両親からも聞きました。なんでも、急に旅行に行こうって言われて、それを断ろうとしたら、なんで断ろうとするんだって、そう言われてたらしいので。
 お姉ちゃんには悪いですが、これはお姉ちゃんにとっては自業自得ですよね。彼氏さんが怒るのも、最もでしょう。結局、お姉ちゃんはどっちつかずだったんですよ。普通にもなりきれず、かといってトキコさんとの恋愛で全てを吹っ切る勇気もなかった……それで、両方を傷つけるだけで──

──まるでお姉ちゃんが嫌いみたい……ですか? 不思議なことをいいますね。お姉ちゃんは好きですよ、今でも。ただ、身内でも許せないことはある……当たり前じゃないですか?──

 だから、会いに来たんです。偶然じゃありませんよ? 先生が教師になると聞いて、正直焦りました。私がいけないような場所に赴任されたら……って。でも、お姉ちゃんと先生の母校で助かりました。お姉ちゃんの通っていた学校に私も通いたいっていえば、特に反対されることはないでしょう?

 ここは、トキコさんの家だ。家といってもマンションだけど。とはいえ、学校よりはマシな場所には違いない。トキコさんは、放課後私に会いにきて、決死の覚悟のような顔をしていたが……
「いえ、トキコさんの家に案内してください」
 と、周囲に聞こえないように囁くと、どこか拍子抜けしたような、かといってこの気を逃すまいといった、そういった表情で拒否しようとしたが。
「私はいいんですよ? ただ、姉とのこととか、学校で人に聞かれて大丈夫なんですか?」
 そういうと、トキコさんはようやく周囲に、まだ人がいることを意識したようだった。ただ、家に案内することを警戒もしていた。家でないとダメなの? と聞かれたが……
「それとも、私の家に来ますか? 両親もいますが」
 その一言で、トキコさんは轟沈した。可愛い人だ。私が家に行きたがっていることを、心のどこかで察して警戒していたのに、その一言で丸め込まれて。よくよく考えれば、他の場所だっていくらでもあるだろうに。

──だから、お姉ちゃんや私につけ込まれるんですよ……そこが愛おしいんですけどね──

 そうして、無事にトキコさんの家についた私が語った内容を咀嚼するように、精気の抜けた顔で考えに耽っている。もしかしたら、今日はお開きかもしれないな。そう思ったときだった。
「ヒスイ先輩のことは分かった……でも、コハクちゃんはなんで私に会いに来たの?」
 その言葉に、私はつい笑いをこらえることが出来ず、吹き出してしまった。
「……?」
 先生は、その私の笑みが理解できなったらしい。それはそうだと思う。逆の立場だったら、私も理解できるはずがないだろうから。
「ようやく、私に興味を持ってくれましたね……」
 そう、ようやくだ。私はお姉ちゃんと似た顔に成長し自分を、しばらくは自己嫌悪していた。トキコさんにひどいことをした姉と、おなじような顔をしている。合わせる顔がない、と思っていた。
 でも、考え直したのだ。この顔なら、きっとトキコさんは私を無視出来ない。そう思い直したとき、私は自分の顔を改めて肯定することが出来た。
「確かに、姉がしたことへの懺悔をしたいという気持ちも、嘘ではありません。目的の一つではありましたね。でも、その程度なら手紙とかでも十分だと思いませんか? 直接会わないと、出来ないことがある。私はそう思っていまここにいるんです」
「それは……なに?」

「トキコさん、エッチな目で私を見てません?」

「な、なにをいって……」
 突然なにを言い出すんだ、というような顔をトキコさんはしていた。いたが、目がわずかに泳いでいるのを見逃さなかった。二度目に会って以降、時折妙な目で見られているような気がしたのだ。おそらく、最初はヒスイお姉ちゃんと見紛うほどの私への驚愕が勝っていたが、二度目以降は、想い人と似た容姿をした私に対して、無意識にお姉ちゃんとの、密やかだが情熱的な情事を思い出してしまっていたのだろう。
「先生は、トキコさんは本当に優しいですね……お姉ちゃんのことを話すとき、本当は私、ぶたれて家を追い出される覚悟をしてたんですよ?」
「そ……れは……」
 そんなこと、思いつきもしなかった。そんな顔をしているトキコさんが愛おしい。
「私、はじめて会ったときから、本当はトキコさんのことが好きだったんです。お姉ちゃんが羨ましくて仕方がなかった。二人がなにをしているかなんて、詳しいことは子どもの私には分からなかったけど、でもお姉ちゃんとトキコさんが特別な関係なことくらい、子どもの私でも分かりました……正直、今でもお姉ちゃんには嫉妬してます」
 他の誰にも吐露できなかった、どす黒い一面。それを、トキコさんにはさらけ出す。最初に会った時から、気付いていた。この人は、とても優しいひとだから。きっと、こんな私を許してくれる……と。
「お姉ちゃんの代わりだんて、思ってません。私も、そんな風に見られたくはないです。ヒスイではなく、コハクという私に、心ゆくまで溺れてほしい」
「お、溺れてほしい!?」
 トキコさんが、明らかに狼狽している。私が全身を預けるようにしてしなだれかかったのも、その要因だろう。だが、振りほどかないし、突き飛ばそうともしない。甘く密やかな秘密の匂いに、トキコさんが流されていくのが分かる。もう一押しかな……そう思ったときだった。

「だ、ダメ!」

 トキコさんが、弱々しくであるが、私を拒否して体を離そうとする。私はあえて逆らわなかった。トキコさんにしつこくして、嫌われたくはないから。
「わ、私は先生で、コハクちゃんはまだ生徒でしょ! 生徒には手は出せないから!」
 私は内心落胆していたのに、その言葉に思わず歓喜してしまった。その感情の変化が顔に出たのか、またトキコさんが怪訝な顔になるが……自分がなにをいったのかが、分かっていないみたいだ。
「それ、生徒じゃなくなったらいいってことですよね? じゃあ、それまで待ちます……トキコ先生がどこまで耐えられるか、見ものですね」
「わ、私はあくまで──」
 そう言い訳しようとするトキコさんに、私は甘く囁く。

「いいですよ、待ちます。待つのには慣れてますから……私、この年になるまで先生のこと待ってたんですよ? 今更ですよ」
 それに……

「トキコさんが、本当の意味で私を好きになってくれるまで、私はいくらでも待てますし。私を愛してもらうまで、トキコさんを諦めませんから」
 そう宣言して笑う私を、トキコさんは顔を真赤にしながらかすかに頷く仕草をした。本当に流されやすい人。おそらく、お姉ちゃんにもこうやって流されてしまったんだろう。でも、そこもまた愛おしくてたまらない。
 私はお姉ちゃんとは違う。普通でないことから、逃げたりはしない。

──だから、先生にも私のことを愛してほしいと、心から思うのだった──

ヒスイとコハク 前編
タイトルとURLをコピーしました