空が染みる

このページは、私雑食亭シムーンによるオリジナル百合小説となっております

女性同士の恋愛描写があります。そういった表現などが苦手な方は、このページはブラウザバックされることを推奨致します。
その点、ご了承の上でお楽しみいただけますと幸いです
女子高生たちの一幕
 空が染みる。
 大の字で仰向けになって、ただ青い空をただ眺めている。今このとき、雲が流れていくさまが空虚な時間の流れ を感じさせる。
 ずっとこうしていたい。ただ、何も考えずにこうして澄み渡る景色をただ眺めるだけで生きていられたら……この女子校の屋上にいるのは、今は自分だけだ。その広大で心地のよい空間を独占している、という気分もその思いを後押しする。
 温かい春の日差しも、彼女に心地よい熱を与えてくれている。他にはきっと何もいらない……

「アオイ!」

 そんな満たされた時間を、突如として自分を叱責しているであろう声に妨害された。なんなんだよ、もう。そう思うのと同時に、自分を心配してきてくれたであろう彼女の存在に、なぜか胸が満たされてしまったのを感じる。なんでだろう。
「なによ、サユリ」
 とはいえ、安息の時間を妨害された不快感もあった。その不快感が、声音に出る。その気配を察知したサユリは、先生たちに極力バレないように控えめに工夫されたメイクによって、せっかくキレイに整えられた顔を歪めている。
 この女子校ではメイク自体が校則違反だが、元々顔が整っているサユリの場合は、控えめなメイクに徹していることもあって、あまりバレないことが多い。そもそも、控えめなメイクは先生たちも注意していたらキリがない、ということもあるのだろうけど。
「あんたがサボってると、なんでか私が注意されるのよ!」
「そりゃ確かに、おかしな話だね……」
 その点には同意する。というより、自分がサボっているのにどうしてサユリまで先生たちに叱責されるのか。それ以外のことなら色々と心当たりがあるのは、問題かもしれないな。
「私が、あんたにサボりを教えたって言われてんの! 分かってるの!」
「……? いや、だって教室にいたって、空を眺めてたりしてたし、私全然マジメじゃなかったけど?」
「授業サボるよりはマシでしょ! それに学年首位を独走する優等生様が、私の影響でサボり癖ついたっていわれてんのよ!」
「そうなの……?」
 それは知らなかった。確かにサユリと出会ってから、外に遊びにいくことは増えた。学校で友達を作ることも悪くない……そう思えたのは、サユリのおかげだった。それまでは、人との付き合いなんて、ただ面倒事が増えるだけだと思っていたのに。
 先生たちも姑息だな。きっと私が学年首位で、成績だけはいいから、直接私を注意することははばかられたのだろう。だから、サユリに対して八つ当たりのような物言いをする。サユリから注意が伝われば、それは自分たちが直接発言したことにはならないから、何が起こっても責任はとらなくていい……癪だが、有効かも。

「分かった。次の時間からは出席する。サユリに迷惑かかるのは嫌だから」
「いや、アオイ自身のタメでしょ! なんで分かりやすく、自分の評判落とすようなことするかなぁ」
 サユリは意外と(というと失礼かな?)マメで、勉強も頑張ってはいる。成績はあまり伸びていないが、私はそれを知っている。
 それだけに、先生たちも格好や仕草に目を奪われているあたり、見る目がないなぁとつくづく思うのだ。
「サユリは将来メイクの仕事がしたいんだっけ?」
「メイクアップアーティストね。あんたみたいに、キレイな顔してるクセに、美容とか一切興味ない子を見てると、ついつい色々としてあげたくなっちゃうのよ」
「私以外の子にも?」
 ついつい、嫉妬のような感情が表に出てしまう。サユリが私以外の子にかかりっきりになっているのは、なんだか知らないけれど、とても嫌だ。
「な、なにいってんのよ、バカ!」
「成績はいいんだけどね……」
 照れ隠しで顔を真赤にしながらのサユリの罵倒に、ついつい自嘲の笑みが零れる。サユリがしっかり将来を考えているのに対して、自分はなにを目指しているのだろうか? 単に自分に出来る範疇で、ただただ楽をしたいだけのような気がする。将来については、きっとそれ以上のことは考えていなかった。
 ただ、今なにか目標を思いついた気がする。漠然とした物だけれど。
「……私、決めたよ」
「なによ、いきなり……」
 サユリは困惑しきりだ。当たり前だろうけど。なにせ、今までのことは全部頭の中で考えていたことで、一言も口にしていないのだから。だから、今から口にする。
「私、サユリの専属モデルになろうと思う!」
「はぁ……!?」
 その高らかな宣言に対し、サユリの反応は芳しくない。結構勇気を出して口にしたんだけどな。
「なに、それ……まるで私とずっと一緒にいるみたいなこと──」
「そうだよ」
 出来るだけ、そう、出来るだけこともなげに言っているような顔つきで。顔が真っ赤になっているのは分かっているけど、出来るだけすました顔で言っているように演じたい。
「ずっとサユリの隣にいて、私がサユリのメイクのサポートをしたい。私ずっと、サユリの隣に立ってたい。だめかな……?」
「いや、それって、なんていうか、まるで将来ずっと一緒にいるって告白みたいじゃん」
 サユリも顔を真赤にしながらも、諭すかのような口調で私に問いかける。まるで、私とサユリとじゃ住む世界が違うみたいに。なんでそんなこというんだろう。私の閉じこもった世界を開いてくれたのは、私にあのとき声をかけてくれたのは、サユリの方からだったはずなのに。
「そうだよ。私はサユリとずっと一緒にいたい。あのときから、そう思ってた。サユリはいや?」
「……そりゃ、私もアオイとずっと居られたらいいなって、そう思ってるけど……」
 なんだろう。サユリって、こんなに自信なさげだったかな。いつも見ているサユリは、自信にあふれて……いや、どうだろう。本当にそうかな。いつも勇気を振り絞って、私の前では強気でいてくれていただけなのかもしれない。そんなサユリの優しさを、今私は感じている。
「私で、いいの……?」
 サユリが、もしかしたら始めてかもしれない。まるで迷子になった子どものような、純粋で無垢でむき出しの、不安げな表情。私の前で、はじめて見せてくれている、サユリの弱さ。それさえも、愛おしい。
「いいに決まってる。私は、サユリと一緒にいたいよ。きっと、あのときから、ずっと……」

──サユリだから、いいんだよ──

 サユリにだけ、貴女にだけ分かってほしい。これが私からの、心からの気持ち。

 昔を思い出す。春の新学期、私はいつものように独りだった。教室には大勢の生徒たちがいたけど、だけど私は独りだった。そんな私に声をかけてくれたのが、サユリだった。
「あんた、そんなに熱心に空を眺めて、何が楽しいの?」
「……空ってキレイでしょ。雲の流れも止めどなくてさ。同じ瞬間がないんだよ」
 きっと、誰も理解してくれない。私がこういうと、大抵の人は理解を示してはくれなかった。あるいは、表面をなぞるように頷いて、それで終わり。
 そう思って、自分だけの殻に閉じこもっていた、そんな小さな私に──
「ああ……言われてみれば確かに! 雲一つない快晴もいいけど、雲の形って動物みたいに見えたりするよね!」
 サユリは楽しそうに頷いてくれた。私は驚いて、サユリの顔を思わず凝視してしまう。そんな風に言われたのは、完全に予想外の答えを言われたのは、始めてだった。
「でもさ、きっと他にも楽しいことはあるよ。よかったら、私と放課後、一緒にどっかいかない?」
 そう言われて、はじめてその気になった。そう、きっと本当の意味で他人のことが気になったのは、このときだったと今では思う。
「うん、分かった」
 気がつくと、私はこう答えていた。反射的に口にした言葉に、しかし後悔はなかった。

「そういえば、あのときなんで私に声をかけてくれたの……? ほら、はじめてあったときのこと」

 サユリと一緒に教室に戻る時間になって、ようやく気持ちが落ち着いてきた。そして、ふっと思いついた疑問を口に出す。ずっと、ずっとずっと聞きたかったことを。
「気恥ずかしくて、今まで言えなかったんだけど……一目見て、アオイのこと気になっちゃんだよ。キレイな子だなって。なのに、自分独りみたいな態度で、しかもメイクもしてなくて。なんか、勿体ないなって……」
「よかった……」
「え……?」
 サユリが疑問の声をあげる。あのとき、私にサユリが声をかけてくれなかったら、この出会いはきっとなかったんだろう。
「私も、あのときサユリのこと、素敵だなって思ったんだ……私より、広い世界を見てる気がして、私に広い世界を見せてくれる……そんな予感がしてた」
「アオイは大げさだなぁ……」
 そんなことはない。現に、女の子同士でずっと一緒にいたいだなんて、そんなことで頭の中がいっぱいだから。
 そう、今みたいに、ずっとサユリと二人で、同じ歩調で、一緒に人生を歩んでいきたいんだ。
 今は気恥ずかしいけど、いつかはそのことも、口に出してあげたい。愛おしい、貴女へ。
タイトルとURLをコピーしました